幸福の世界

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新型コロナウイルスが猛威を振るっています。瞬く間に多くの命が失われ、感染の恐怖が広がり、日常生活が奪われた。人々は、激変する世界をどのようにとらえているのだろうか。

札幌ラーメン

 札幌ラーメンは北海道札幌市を発祥地とするラーメンの通称。ご当地ラーメンのひとつ。

味の時計台

札幌ラーメンの発祥は1922年に中華料理店「竹屋食堂」が始めた「肉絲麺ロゥスーミェン」だと言われています。竹屋では中国山東省出身の王文彩が手延べ麺を茹でて汁に入れた料理を生み出し当時は「拉麺ラーメン」とも呼ばれていた。王は1924年に竹家を去るが後任の李宏業・李絵堂が日本人にさらに合う味に改良して評判を呼んだ。

昭和初期には市内に約10軒の中華料理店があり料理人が作る自家製麺のラーメンを提供していた。また喫茶店や飲食店ではラーメンをメニューに載せている店が多く喫茶店ではラーメン1杯15銭にコーヒー10銭が販売されていたと言われている。これらの店に麺類などを売っていたのは狸小路の「萬福堂」の主人である王万世と僧侶の吉田さんだった。王は1937年の日華事変の後に帰国したが、「竹家食堂」の王と共に戦前の札幌にラーメン文化の種をまいた人物として今日まで語り継がれている。

当時のラーメンの主流は「手ぶみ式」と呼ばれる手打ち麺と鶏ガラや魚介類をラードやコショウなどで味付けした塩味のスープであった。太平洋戦争中の物資統制による原料不足により、竹家をはじめとする全ての店舗が消滅した。現在、神戸市灘区には、のれん分けした竹屋が存続している。

現在のラーメンの原型は戦後すぐに満州などからの引揚者によって1946年に薄野すすきのの屋台でつくられた豚骨のこってりしたスープです。その起源は1946年に松田勘七が開いた「龍鳳」とされており翌年に西山仙治が開いた「だるま軒」と共に広まった。東京で中華料理の修行をした西山さんは製麺の技術が高いことでも知られ「龍鳳」などの製麺になった。

1951年に「龍鳳」など8店舗が「公楽ラーメン名店街」を開設し、これが最初の「札幌ラーメン横丁」と呼ばれることもある。「龍鳳」などのラーメンは醤油ラーメンが主流であり札幌ラーメンは1960年頃までは醤油ラーメンが主流であったが1955年には「味の三平」の大宮守人が味噌ラーメンを開発している。同年「味の三平」を訪れた元「くらしの手帖」編集長の花森安治に味噌ラーメンを提供したところ花森が「くらしの手帖」1955年11月号に当時のことを書いたことで全国に知られるようになった。

同じ頃「西山製麺」により味噌ラーメンとよく合う「多加水熟成麺」が開発される。1963年「味の三平」と大踊りの「熊さんラーメン」が正式に味噌ラーメンを提供した。その後、大宮の許可を得て「西山製麺」から味噌ラーメン用の「多加水熟成麺」が発売され以降市内の他店でも採用され札幌ラーメンとしての「味噌ラーメン」が定着している。

前述の花森安治の紹介記事の後1950年代後半から新聞や雑誌で「龍鳳」や「味の三平」などの名店がひんぱんに取り上げられ札幌ラーメンはご当地グルメとして有名になっている。また、さっぽろ一番などのインスタントラーメンの人気が全国的に急上昇した。1965年頃からは東京圏でも「札幌ラーメン」の看板を掲げる店が増え1967年に青池保が設立した「どさんこ」が全国チェーンになった。

雑誌やデパートの商品展示会などを通じて全国に広まった「味の三平」の味噌ラーメン。しかし「味の三平」は醤油・味噌・塩の三種類がある。味噌ラーメンに特化しているわけではない。

2001年に札幌ラーメンを含む北海道ラーメンが北海道遺産に指定されました。

西山製麺所が開発した「縮れ麺」を「味の三平」が使用したことから北海道内での使用店舗が増加した。「多加水熟成麺」は粘着性が特徴である。そのため首都圏では西山製麺を特徴の一つとして取り入れている店もある。

従来は西山製麺の他に堀川製麺さがみ製麺、森住製麺といった麺を使用する店が多かったが近年では上記メーカーに加え小林製麺和田山製麺、カネジン食品、札幌製麺、北海道熊さんなどの後発メーカーの進出が目立ちシェア争いが激化している。また独自に製麺している店もある。堀川製麺の創業者である堀川寿一は機械を用いて縮れた麺を自動で作る方法や全国の製麺所で使われているような麺を一食分毎で作る機械を発明したことで知られている。

札幌の気候に合わせて豚骨などを煮込んだスープにラードを浮かせることが多いなどラーメンが冷めないように工夫されている。「龍鳳」の松田勘七が始めたもので「龍鳳」は醤油が主流である。これは松田の戦前の生活にヒントを得たもので日本人はすべての中国料理に醤油を使いたがっていた。

オリジナルはチャーシューやメンマ、ネギの他、炒めた玉ねぎやキャベツもやしなどの野菜も定番のトッピングです。味の三平の大宮守人がこれを考案したが麺が茹で上がるまで、その間はフライパンで野菜を炒めることを考えたという。札幌ラーメンの代名詞ともいえるもやしは、もともと戦後すぐに高価なタマネギの代用品として使われていた。「味の三平」ではチャーシューの代わりに挽肉を味噌ラーメンに使用しているため市内の他の多くの店でも味噌ラーメンに挽肉を使う。

味の三平
〒060-0061 北海道札幌市中央区南1条西3-2 大丸藤井セントラル4F
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