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函館ラーメン

函館ラーメンは北海道函館市ご当地グルメです。この地域では塩ラーメンを単にラーメン、支那そばと呼ぶ。

塩ラーメンセット 函館六花

豚骨や鶏ガラなどの出汁に塩ダレを加えた澄んだ塩味のスープに柔らかな中太ストレート麺を合わせたもの。具材はチャーシュー、メンマ、ネギ、ホウレン草、麩、ナルトが一般的。 地元北海道函館市周辺では塩ラーメンと呼ばれることが多く単にラーメン、支那そばとも呼ばれている。

起源は諸説あり定かではない。

1884年函館新聞(1997年1月1日発行の函館新聞とは無関係)に掲載された。華僑による西洋料理店「南京御料理 養和軒」の広告に「南京そば15銭」と記載されているが養和軒の南京そばと現在のラーメンとの関係を正確に表現したレシピなどは確認されておらず函館がラーメン発祥の地とする説は確定していない。

古くから開港していた函館港には華僑も多く訪れ昆布などの海の幸を求め当時の函館人は「広東さん」と呼んでいた。華南出身の華僑も多かったという。函館の支那そばの澄まし汁とストレート麺の特徴から広東系の塩味がルーツであると推察される。1935年に撮影されたスナップ写真の一部には「支那そば」招福の文字が見え、この頃には既に「支那そば」を扱う専門店が存在したことが分かるほか1932年純喫茶店の「ミス潤」のメニューには「支那そば15銭」と書かれておりケーキやみつ豆と並んで共に壁の小窓越しに支那そばの招福から出されたといわれている。当時を知る人は支那そばはストレートの細麺に澄んだ汁であっさりした味だと言っていました。こうして昭和初期には、すでに「支那そば」という言葉が函館市民権を獲得していたと考えられている。

何度かの大火の後、函館の繁華街は駅前へと移転したが昭和20年代から30年代にかけて大門と呼ばれる松風町界隈に大八車の屋台が立ち並び始めたが区画整理やバブル期の地価高騰などであまり見かけなくなった。

函館ラーメン」の名称は、つい最近になって街おこしの一環として命名され札幌で味噌ラーメンを売り出した後、函館ラーメン命名されました。

1996年日清食品は「日清のラーメン屋さん」を立ち上げ「札幌みそ風味」「旭川しょうゆ風味」とともに「函館しお風味」をラインナップ。これが函館=塩ラーメンのイメージ作りに一役買ったのかもしれない。

函館の中華料理店のメニューに「塩ラーメン」という言葉が登場したのは2000年頃であり、つい最近である。函館ラーメンは元来、スープが透き通った塩ラーメンであるため地元では「函館ラーメン」の呼称は一般的ではない。

r.gnavi.co.jp